山形の米づくりの歩み 稲品種と栽培の系譜より(8)
Ⅶ つや姫・雪若丸の誕生とトップブランド米への期待
令和7年産米の食味ランキングが日本穀物検定協会から発表され、山形県産ブランド 米「つや姫」が16年連続最上級の特Aに、「雪若丸」は本格デビユ-以来8年連続で最 高評価を受けた。「つや姫」は県外産でも高く評価され、宮城県産も特Aであった。 「つや姫」はデビユ-18年目を迎える。山形県以外の8県(宮城・山梨・岐阜・和歌 山・島根・長崎・大分・宮崎)で作付けされるまで普及した。生産者の努力や緻密な販 売戦略に支えられ、全国トップクラスの地位を確かなものとし、県産米の牽引役として さらなる飛躍が期待される。
「つや姫」は1998年(平成10年)県農業試験場庄内支場(現県農業総合研究センター水田農業研究所)で、「山形70号」を7母に、「東北164号」を父に交配・選抜・育成し、2009年(平成21年)に山形県の奨励品種に採用されたものである。同年には、宮城県でも採用されている。育成当初から、ご飯の艶と白さが際立ち、その良食味が高い評価を受けていた。ルーツは「コシヒカリ」などの祖先である「亀の尾」である。育成当初から、ご飯の艶と白さが際立ち、その良食味が高い評価を受けていた。「東北164号」のルーツは「森多早生」、「亀の尾」にたどり着く。デビュ-当時の作付面積は2466ha、生産量12500トンだったが、2025年産は9800ha(17.2%)、1等米比率は99%である。全国の作付け面積は18000ha(2024)まで伸びている。また、日本農業新聞が流通・販売のプロに注目する銘柄を聞いたところ、「つや姫」は2026年産が3位であったが、前年までは3年連続首位であった。米業者からは厳格な栽培、出荷基準、猛暑に強い「安定した品質」に引き合いは強い。すぐれた食味レベルに消費者からの評価は高い。県は和食文化の象徴として「つや姫」を売り込み、海外市場のさらなる開拓をも視野に入れている。
さて、全国の銘柄品種の先頭を走るまでになった「つや姫」、その最大のセールスポイントは、炊きあがった時の白い輝きとふっくらとした粒感、冷めてもおいしいなど、米に期待するおいしさのすべてを備えていることにある。最先端技術によって「つや姫」のおいしさの秘密に分け入ってみよう12)。 おいしいごはんと感じるのは、第1に粘り、硬さなどの物理的特性によるが、この特性は米に含まれているアミロースやタンパク質などの化学成分に起因する。一般的には、良食味品種では両成分とも低いが、「つや姫」と「コシヒカリ」を比較すると、両品種にはほとんど違いはないか、「つや姫」が若干高い値を示す。しかし食べ比べると、「つや姫」に軍配が上がる。おいしさの秘密の一つ目がご飯の構造だ。走査型電子顕微鏡で観察しコシヒカリと比べると、ごはんの表面構造は両品種とも糊の糸がよく分散した細繊維状を呈している。細繊維状構造はご飯の「粘り」と関係が深い。両品種とも「粘り」が強いという特徴が出ている。違うのが、細繊維状構造の直下に発達した海綿状構造だ。その厚みを比較すると、「コシヒカリ」が20µmに対し、「つや姫」は40µmと倍の厚さがある。海綿状構造の厚みは、ごはんの「柔らかさ」、「弾力性」に関連することから、柔らかくて、弾力性に富む「つや姫」の食感につながっていると考えられている。
二つ目がうまみ成分である グルタミン酸、アスパラギ ン酸がコシヒカリより非常 に多いことが慶応大学先端 生命科学研究所のメタボロ ーム解析で明らかにされた。 これらのアミノ酸成分は、 他食品でもうま味成分と して知られており、「つや姫」 のおいしさに直接かかわって いる可能性が高いという。


「つや姫」の炊飯米構造とうまみ成分(県農業総合研究センタ-資料より)
「雪若丸」の系譜もまた「はえぬき」、「ひとめぼれ」、さらに「コシヒカリ」にたどり着く。丈は短く、耐冷性強く、高温耐性にも優れている。ごはんの微細構造も明らかにされ、「雪若丸」のごはんは、白さと粘りと硬さのバランスに優れ、しっかりとした粒感が高く評価されている。ごはんの表面及び断面を観察すると、糊の繊維が緻密に発達している。内部は細胞の一つ一つがしっかりした形状である。これらの構造によって、艶と白さが際立つこと、粘りと硬さのバランスがとれた食感になると推察されている。 おいしいコメの品種をもとめ、筆者らはひたすら食べまくることに追われ続けた。これからは、おいしさの追求は官能検査を基本としながらも、「つや姫」、「雪若丸」で解明されたごはんの構造や旨みアミノ酸の分析などの最先端機器によっても評価されるであろう。

「雪若丸」の炊飯米構造(県農業総合研究センタ-資料より)
「つや姫」がトップブランドに上り詰めたとはいえ、全国のブランド米は戦国時代、ライバルたちは「つや姫」に追いつき、追い越そうと虎視眈々と狙っている。これから10年、20年先も消費者、生産者に愛されるコメであるためには、デビュ-した初心を忘れずに栽培技術を高め、ブランド力を磨き続けることにある。
さて、「つや姫」、「雪若丸」の特徴的な特性は食味だけではない。丈の長さ(稈長)であ る。令和6年産の食味ランキング特Aにランクされた品種のうち、近年育成された良食味 品種には稲姿、専門用語では草型に共通の特徴があることに気づく。それは、コシヒカリ、 ひとめぼれ、あきたこまちとは異なり、丈が短いズングリタイプ、すなわち稈長70cmと 短稈であることだ。かつての良食味品種の草型はコシヒカリにみられるように長稈でスラ リタイプである。ササニシキもしかり。コシヒカリの父系品種の陸羽132号は100cm、さ らにその父亀の尾は110cmと長稈である。このような草型は、少肥条件には適しているが、 多肥条件では茎葉が過繁茂となり、稈長の伸びにより倒伏しやすい。このため、育成品種は 次第に短稈化する。1950~60年代、九州地方の収量水準を飛躍的に高めたホウヨク、シラ ヌイ、レイホウ、東北地方ではレイメイ、アキヒカリなどの品種の特性は長い穂を維持しつ つ稈長は70cmと短く、しかも、止葉などの上位葉が直立する良好な受光態勢をもつ草型 で、多肥多収には理想的であった。これらの品種の食味は二の次、質より量を求めた時代の 申し子でもあった。
時は変わり、米余りを迎え、これら短稈多収品種は姿を消す。代わって、コシヒカリ、サ サニシキの良食味品種が一躍脚光を浴びる。米どころ庄内平野はササニシキ一色に染まるが、コシヒカリの血を濃く引くスラリタイプ「あきたこまち」、「ひとめぼれ」が台頭する。
ポストササニシキの育成に取り組んでいた筆者の脳裏には良食味品種はスラリタイプと の思いが刻み込まれていた。ところがその当時の育成圃場には皮肉にもズングリタイプの育種材料が多かった。これら短稈の育種材料を食べまくって選抜したのが「はえぬき」である。田んぼで見る「はえぬき」の丈は70cmそこそこ、あまりの短さに、ササニシキ、コシヒカリを見慣れた農家はびっくり。「こんなズングリ品種にコメはなるの、ほんとうにおいしいの」。しかし「はえぬき」は登場初年目から特Aにランクされ、以後、魚沼産コシヒカリをライバルに22年間特Aに輝く。
食味ランキング特Aに多収型の短稈品種がランクされたのは、「はえぬき」が初めてであろう。「はえぬき」が橋頭保を築き、「つや姫」(平成21年)、「雪若丸」(平成27年)もズングリタイプながら特Aにランクされる良食味品種である。一つのブランド米品種が誕生するまで十数年もの年月を要する。この間、"食べまくる"、という選抜を繰り返したことで、それまでのタイプとは全く異なるトップクラスの良食味品種が誕生したのでないか。地道な育種の成果である。


2026年3月 5日 09:07








