山形の米づくりの歩み 稲品種と栽培の系譜より(11)

Ⅹ 「つや姫」西日本へ  
令和5~7年、とくに令和5年は記録的な猛暑に見舞われた。日本海側を中心とする新潟、山形の米どころはフエ-ン現象によって平均気温30℃もの高温によって品質が大きく低下した。高温に強い特性がセールスポイントの「つや姫」も想定外の暑さに苦戦した。米づくりの高温対策は待ったなしの状況、と言っても過言ではない。さて、一般に、出穂から登熟初中期の8月の高温は米の品質に大きな影響をもたらす。高温で発生する品質低下を"高温障害"と呼んでいる。もっとも目立つのが、乳白粒、背白粒、基白粒と呼ばれ、玄米が白濁する白未熟粒である。白米にしても透明な米の中にもち米が混ざったように見える。白濁部の形成の直接の要因は、局所的、一時的なデンプン粒合成の異常にある。高温下では登熟初期の胚乳細胞の分裂・肥大・蓄積が加速するが、登熟後期には酵素活性や組織の老化が早まる。このため、登熟後半にデンプンが蓄積する部位のシンク機能が低下し白濁する。白未熟粒は出穂後20日間の平均気温が26~27℃以上になると多発する。高温は食味をも低下させる。そのメカニズムとして、デンプン構造の変化によって炊飯米が老化しやすく冷めたときに硬くなりやすい、米のタンパク質含有率は高温条件で増加しやすい、乳白粒が増えることで炊飯米の粘りが低下する、などが指摘されている。

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登熟期の高温と品質   
  白未熟粒の発生を抑えるには高温耐性品種と呼ばれる高温に強い品種を開発し、導入することが最も効果的な対策である。水稲の高温耐性品種とは、高温による収量低下や品質低下の影響を受けにくい品種を言う。温暖化に呼応して高温耐性品種の作付けが伸びている。もっとも勢があり注目されているのが茨城・静岡の「にじのきらめき」、全国の産地は高温耐性品種への転換が進んでいる。九州では「にこまる」、「さがびより」、「元気つくし」、などの耐高温品種が相次いで育成された。「きぬむすめ」、「彩のきずな」、「とちぎの星」、「つや姫」と、本州でも続々と高温に強い品種が登場した。「にこまる」、「きぬむすめ」、「つや姫」は、食味最高ランク特A格付けの常連であるが、なかでも注目されているのが「つや姫」だ。
「つや姫」は山形生まれの山形育ちである。食味ランキングでは山形県産が誕生した平成22年から令和6年まで15年連続特A、宮城県産は平成25年から令和4年まで連続した。のみならず、西日本の島根・大分の令和5年産が特Aであった。現在、「つや姫」は山形・宮城・山梨・岐阜・和歌山・島根・佐賀・長崎・大分・宮崎と西日本を中心に10県で作付けされている。山形の品種がなぜ西日本に、さらには夏の暑さが最も厳しいと言われる山梨や岐阜に普及しているのだろうか。 「つや姫」の西日本最大の産地が島根県である。島根県農業技術センタ-は2010年に試験栽培を開始、その成績によれば、①出穂期は主力品種「きぬむすめ」より15日早いコシヒカリ並みの極早生、②耐倒伏性は強、③高温登熟性は「きぬむすめ」並みの中、④炊飯米外観品質、食味評価は「コシヒカリ」に優る、という結果であった。「コシヒカリ」より高温耐性があり、草丈が短くて倒伏しにくいのが決め手、というのが同県の評価である。山間部の多い同県では「コシヒカリ」が主流を占めていたが、温暖化による高温障害がみられるようになったこと、台風による倒伏被害も恒常化したことから、別の品種として、県やJAが選んだのが「つや姫」だった。生産者は「栽培しやすく食味もよい。知名度が高く、価格が安定しているのも魅力だ」と語る。大分県など他の西日本各県の生産地も、「つや姫」栽培の理由に高温耐性の特性を上げている(日本農業新聞)。
高温耐性品種として西日本を中心に急速に作付けを伸ばしている「にこまる」(九州沖縄農業研究センタ-)が高温に強い生理的要因としては、穂揃期の茎葉における非構造性炭水化物(デンプン、糖)が多い点にある。イネはもともと節間に糖やデンプンといった非構造性炭水化物を貯めており、これを穂に転流することで、光合成で不足した炭水化物を補う能力がある。このため、高温で登熟初期の胚乳成長が活発になり、炭水化物の需要が高まっている場合には、非構造性炭水化物の貢献が大きくなる。すなわち、「にこまる」は茎内に炭水化物の貯金が多く、高温下でも貯金を転流してまかなえる。このような高温耐性のメカニズムが「つや姫」にも備わっているのか、今後の解明に待たれる。

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「つや姫」の系譜をたどってみよう。「つや姫」は山形70号を母、東北164号を父(花粉)に交配され、山形70号は山形48号とキヌヒカリ、そしてキヌヒカリを4代遡るとインディカ亜種「IR8」に辿り着く。「IR8」はフイリピンの国際イネ研究所(IRRI)が育成したもので、アジアに「緑の革命」をもたらした多収品種である。その遺伝子がキヌヒカリを通じて「つや姫」にも導入されたのでないか。井上は「つや姫」の高温耐性は遠い祖先にインディカ亜種を持つことと無関係ではないように思えると述べている。
ちなみに、高温耐性品種にランクされている17品種の系譜を辿ると、10品種がキヌヒカリを父母、祖父母、祖祖父母に持ち、いずれも高温耐性が強い。「きぬむすめ」は母方から、「にこまる」は祖母方からキヌヒカリの血が流れ、さらにもう一代遡ればIR8に突き当たる。ところで親の「キヌヒカリ」の高温耐性は弱にランクされている。筆者が若かりし頃、山形県における水稲の品種改良、栽培技術の開発は冷害への対応が必須であった。「コシヒカリ」が冷害に強いことが解明されるや、東北地方では「コシヒカリ」の血を引く「ひとめぼれ」などの多くの良食味・耐冷性品種が誕生する。一転して、今や高温障害への対応である。「つや姫」の高温耐性と良食味の優れた特性が子々孫々に受け継がれ、山形のみならず、全国の米作りを席巻する、あながち夢ではない。
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2026年3月10日 13:20