人と風土が育む山形の酒米(4)

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  蘇った亀の尾
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 亀治翁の頌徳碑(余目小出新田)と三本の穂を発見した熊谷神社とそのそばに建つ「亀の尾発祥の地」の碑

 隆盛を誇った亀の尾も、新品種「陸羽132号」の登場で作付けは漸減し昭和14年以降統計から姿を消す運命をたどる。しかし、亀の尾は不思議な品種であった。飯米用としてだけでなく、優れた酒造米としての特性も備え、その評価は高かった。亀の尾は酒造米として不死鳥のようによみがえる。「亀の尾で造った酒は素晴らしかった」。ある老杜氏の一言をきっかけに昭和56年、新潟県の蔵元で亀の尾による酒造りが復活した。わずかの種もみを元にした米作りから始まった。酒造米としての亀の尾の復活は、漫画家尾瀬あきら氏のコミック「夏子の酒」のモデルになり、全国の蔵元や日本酒ファンにその存在感を再び知らしめることになる。
 平成9年8月、生誕の地、余目町で全国の蔵元11社が参加し、第1回全国亀の尾サミットが開催された。本サミットは、平成18年の第10回で終了したが、「幻の米」の魅力は、新たな視点で酒造りに取り組む蔵元によって、改めて確認されることになった。現在、伝聞ではあるが20近い蔵元で美酒を醸しているという。亀の尾は明治という時代の条件に適した品種である。背丈が長く現在の栽培法のもとでは倒伏し(写真上)、病害虫に弱い。それだけの苦労を重ねても、亀の尾に挑戦するのは、酒造家にとって魅力があるからであろう。
 亀の尾の血は良食味品種に流れているだけではない。酒造好適米品種にも受け継がれている。本県をはじめ、東北、北信越地方で栽培されている「美山錦」、「五百万石」、「たかね錦」、そしてこれらの品種を交配して生まれた本県産の「出羽燦々」、「出羽の里」、「雪女神」などなど、数え上げればきりがない。
 亀治翁の業績を讃えた頌徳碑が庄内町余目小出新田の八幡神社の境内に建っている。碑には、「稲種亀之尾選出者阿部亀治頌徳碑」、この文字を書いたのは我が国近代農学を築いた横井時敬である。また、三本の稲穂を発見した庄内町立谷沢の熊谷神社には「亀の尾発祥の地」の立派な石碑がたとぇられている。揮毫したのは宮沢喜一(第78代内閣総理大臣)である。翁の地元小出新田の人々は、毎年9月5日には碑の下に集い、その徳を偲ぶ。

 

2021年12月 6日 11:45