インド西ベンガルのあぜ道から(8)

 本シリーズ(1)でも紹介していますが、インド米生産のうち、バスマティ米はハイブリット品種が普及しています(帰国後知りまDSC_0468.JPGした)。
  ドクターは農業試験場のOBで、ハイブリット品種育成の専門家であるとのこと。数日前にフイリピンのIRRI(国際稲研究所)から帰ったばかりで、近々、アメリカに出張するという。どうやら、ハイブリットライス研究の第一人者であるらしい(右写真は、試験場内で試験されていたハイブリットライス)。
 さて、ドクターから説明された試験結果と試験圃場の成育ぶりに満足した技術顧問は、KOLKATAで飲むビールの泡を思い浮かべていましたが、その気持ちが甘かった。ドクターがハイブリットライスの講義を始めたのです。
ドクター:日本のハイブリットライスの現状を説明してください(通訳による)
の一言に 
顧問:えっ、う~ん
しか発声できず。
ここで言い訳ですが、ハイブリットライスは非常に複雑な理論によって育成されます。日本では実用化されることはありませんでした。F1種子の生産コストが高いこと、多収からコシヒカリを中心とする良食味米品種の急速な普及がその背景にあったのでしょう。
 ハイブリットライスは中国では人海戦略でF1種子の生産ができたために急速に普及したことは知っていましたが、インドでも普及しているとは知りませんでした。若いときに机上で憶えた知識は遥か忘却の彼方。それでも記憶の糸を手繰り寄せ、黒板にハイブリットライスを作出する三系法という理論を書いたつもりですが、残念ながら専門用語を通訳が訳せない。もちろん、ドクターにも通じない。
ドクター:??、どうだインドの研究は進んでいるだろう(そう言ったらしい)。
試験場の職員の皆さんが拍手。言葉が通じないことにじれったさを覚えながら、ここはドクターと握手し何とか笑いながら取り繕いました。冷や汗びっしょり。 田んぼでは、稲穂を見て、手に取りながら身振り、手振りの片言英語で何とか通じ合えたのですが。横文字に弱い不明を恥じた次第。
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 ハイブリット品種(ライス): ハイブリット品種とは、遺伝的に異なった2品種を交配してできた最初の世代F1でできた 品種を言う。成育が旺盛になるなどの雑種強勢が発現され、親品種を超える収量が得られる。このため、中国では水稲作付面積の約半分を占め(1995)、インドでもバスマティ米で増え普及している。
 しかし、大きな問題として、ハイブリット品種の種子生産に多労を要することである。イネは自殖作物(雌しべに自分の花粉がかかって種子ができる)である。それを他殖(他の個体の花粉が雌しべにかかって種子を生産)させるためには、①細胞質雄性不稔系統(Aライン:花粉の受精能力をなくした系統、母親として使う)、②細胞質雄性不稔系統(Aライン)からは種子は採れないから、Aラインを作出するために戻し交雑に使った親(核親)を花粉親としてAラインに受粉して種子を増殖する。その核親を維持系統(Bライン)という。すなわち、A×Bの交雑で不稔系統が再生産される、③さらに、F1に米を稔らせるための稔性回復系統(Cライン:雄性不稔の特性がF1に残っていては米が稔らないので、F1の花粉の能力を回復させる系統を父親に使う)、という三種の神器を用意する必要があります。
 その後、雄性不稔系統(Aライン)は日長に感じて短日下で稔性、長日下で不稔になる「日長感応性雄性不稔PGMS」、特定の温度範囲で不稔になる「温度感応性雄性不稔TGMS」が見出され、これを利用したA×Cの二系統法による種子生産も行われている(上図、三井化学アグロ株式会社より引用)。インドではTGMSの研究が盛んに行われている。
 ハイブリット種子の生産には、A×BによりAラインを生産し、生産されたAラインは雄性不稔であるから、これをいくつかの列に植える。その間にCラインを植えて、その花粉を飛ばせAラインを受精させて、結実したものをハイブリット種子として生産者に提供する。このとき、花粉が飛散して交配しやすいようにロープを引くなどの手間がかかり、種子生産のコストが通常品種の数倍にもなる。
 日本では、新城長有博士(1869)が雄性不稔系統を発見してハイブリット育種システムの可能性を世界に先駆けて実証したものの、F1種子の生産コストの問題から実用化されていない。唯一、三井化学アグロ株式会社がハイブリット品種「みつひかり2003」、「みつひかり2005」を育成している(池橋 宏 イネに刻まれた人の歴史より)。
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2015年5月26日 10:33