新生なった幻の酒米"酒の華"

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 山形の空は、雨水を過ぎたころから穏やかな日々が続いています。一時1メートル近くもあった積雪は大分解け、春が近づいていることを告げています。そろそろ作付するタネの準備も始まります。酒の華来歴.jpgのサムネール画像のサムネール画像
 さて、今から87年前の大正14年、山形県庄内地方で誕生した品種”酒の華”、幻の酒米とも呼ばれていました。その”酒の華”は山形県川西町中沖酒造店の手でよみがえったのです。
 ”酒の華”が幻の酒米ともいわれる所以、それは、イネに魅せられた一農民”工藤吉朗兵衛”が自ら人口交配技術を学び、創出したものに他ならないかです。少し長くなりますが、菅洋氏の著書(育種の原点:農文協)から引用し、”酒の華”の由来を紹介しましょう。                        
 吉朗兵衛は酒米の育成に興味を抱き、大正9年に交配した亀白×京錦1号から大正14年に酒の華を育成した。片親の亀白は、やはり吉朗兵衛が亀の尾×備前白玉から育成したものであり、酒米としても著名であった亀の尾と白玉の血が入っている。さ
らに、大正15年には、この酒の華に新山田錦を交配して、昭和6年、京の華を育成した。彼は、さらに酒米の改良に心掛け、この京の華を陸羽132号に交配し、昭和15年には国の華を育成した。いわゆる吉朗兵衛の酒米三部作である。ここで、注目したいのは、彼は灘の酒で有名な関西にその遺伝子を求め、備前白玉や新山田穂という岡山県や兵庫県の著名な酒米を交配に用いていることである。ここに、吉朗兵衛自身が書いた昭和2年12月の日付の入った「酒造米酒之華の来歴」という文書が残っている。それにより、しばらく彼自身の言葉に耳をかたむけよう(現代文にあらためた)。
 「私は、つね日ごろからわが国の清酒のなかで、灘地方の酒は香気もあり一般にたいへん好まれていることを考え、よい酒を得るには、その原料を選ぶことが大切であると思っていた。大正2年の秋に東田川郡泉村の醸造家の斉藤忠太氏が、灘地方の酒によく似た良酒を造ったので、同氏に醸造に際して原料をどう考えるかと質問したところ、よい酒は原料の如何によっているもので、ことに灘地方の原料は軟質米で、心白の多いものを用いているが、これはとくに醸造用として、播州地方に特別に奨励して栽培してもらい、取り寄せているものである。
 大正3年の春に加藤茂苞博士が、当時畿内支場におられたので、醸造用に適した品種の種子を送っていただくよう乞うたところ、備前産の白玉、雄町、穀良都、都の4種の種子を送って下された。それで、この4種を当地で栽培してみたが、いずれも晩熟であって、当地には適しなかった。それで、当地に適するものを得るには人口雑種によるより方法がないと思い、大正4年に、亀の尾と白玉の交配を行い、数年、たいへん苦労して固定させ、新品種を得て亀白と命名した。
 亀白は中生品種であったが、茎が弱く、倒伏しやすく、しかも多収する見込みがなかったので、大正9年には亀白に京錦1号を交配した。これは亀白にくらべて一層軟質で心白も多く、肥料の吸収力も強く、かつ多収の見込みのある優良品種であった。これは、大正14年の秋、藤島町にある県農試庄内分場で開かれた育種懇談会において酒之華と命名された。
 私の話を聞いて、これを使って初めて酒を造ったのは、鶴岡町鍛冶町(天狗)の斉藤修助氏である。………昭和2年10月15日、山形市主催全国産業博覧会に玄米酒之華を出品し褒状を受領した」
 長くなりましたが、以上が酒の華誕生の顛末です。文中には人工交配をしたとあります。当時、まだ県農事試験場も手掛けなかった人口交配、しかも、出穂期が1か月も異なる岡山の白玉と庄内の亀の尾と交配したという、施設もままならなかったであろう一農民が傾けたその情熱と高い技術にはただただ驚くばかりです。
 その酒の華が中沖酒造店によって甦った、とはいえ、90年近くも経たタネには異種が混入するなど、雑多なものになっていました。このままでは酒の華の特性が失われる、中沖酒造店からの依頼もあり、アスク試験圃場で2次選抜を試みることになりました。
 現世では誰一人として90年前の酒の華の立毛を見た人はいない、当然のことながら真の特性は知らない。唯一の手掛かりを与えたのが山形県農事試験場の試験データでした(昭和7~11年)。この試験データをよりどころにして二次選抜に着手したのが平成22年です。
 それでは、23年に選抜した酒の華と特性はどうだったでしょうか。
     
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  酒の華の粒は一般米に似る    2次選抜の種子(24年用)

 出穂期:23年は8月2日で出羽燦々並みの中生(表で農事試の出穂期は8月9日となっているが、当時の田植期は遅いため)。
 成熟期の姿:丈(稈長)は100cm程度で長い。倒伏に弱い。成熟時の熟色はきれいなワラ色である。ノゲ(芒)はない。
 玄米千粒重:22.5gで、農事試調査と同程度。通常の酒米のように大粒ではない。
 心白粒歩合:玄米は光沢があり、粒の中心部に小さな心白が入る。心白粒歩合13.8%で、農事試のデータからみれば低い。なお、選抜前の株では、4.4~21.4%、平均13.0%であった。
 アスク試験田で選抜された新生”酒の華”は吉朗兵衛がただイネに魅せられ、自分の田や庄内の気候風土に適した稲を求めて創出した”酒の華”とは似而非なるものかもしれません。否、その血は100%引き継がれているとは言えないまでも、90年前の酒造米としてのすぐれた特性は維持されているかもしれない、そんな迷いを持ちながらも、幻の酒米にロマンを求め、より確かな”酒の華”に作り上げたい、24年も選抜が繰り返されます。
 今、新生”酒の華”が、酒造米として蔵元に認められ、愛飲家に喜ばれるならば、品種の創出に生涯をかけた吉朗兵衛翁の苦心はむくわれたと言えるのではないでしょうか。    

 

 

 

2012年2月24日 11:07