雪の「奥の細道」を巡る

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      ”滔々”冬の最上川(村山市大淀)
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 1月に入って、山形は雪空に覆われています。1月15日の県内の最深積雪量は、山形市42cm、尾花沢市194㎝、そして肘折温泉312㎝に達しています。最近にない雪の多さです。この大雪の中、物好きにも「奥の細道」のほんの少しを巡ってきました
 俳人芭蕉が尾花沢を訪れたのが今から約320年前の元禄2年(1689年)、旧暦5月17日です。  「尾花沢にて清風と云者を尋ぬ。-----」。尾花沢には10日逗留します。
   「涼しさを我宿にしてねまる也」
 芭蕉の尾花沢での足跡を伝える清風歴史資料館はこの大雪で閉館中、芭蕉像も綿帽子をかぶった頭だけを出し、深い雪にうずもれていました。
 5月27日には、山寺立石寺を訪れます。DSCN2387.JPGのサムネール画像
「山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にて------尾花沢よりとって返し、其間七里ばかり也-----」。
 「閑かさや岩にしみ入蝉の声」
はあまりにも有名な句です。芭蕉が踏みしめたであろう1015の石段、雪に足を滑らせながら、薬師如来様に手を合わせてきました。
 「最上川のらんと、大石田と云所に日和を待------」。DSCN2444.JPGのサムネール画像
5月28日には、酒田へ向かうため最上川の舟運」で栄えた大石田で天気の回復を待ちながら逗留します。
 「五月雨をあつめて早し最上川」
氷雪を浮かべる最上川は、雪煙りが舞い上がる中に、冷たい流れを見せているだけでした。
 さて、芭蕉が尾花沢ー山寺ー大石田ー酒田を旅した旧暦5月下旬~6月中旬は、新暦では7月中旬~8月上旬の頃です。それは、夏の庄内平野でみられる月山特有の風景を詠んだ句
  「雲の峰いくつ崩れて月の山」
からも知ることができます。
 とすれば、このころは青々と眩いほどの稲田が広がっていたはず、酒田港が米の積み出しでもっとも繁栄したのが元禄年間とも言われています。芭蕉の句に、それらしい情景を詠んだものがないのはなぜだろう?
 芭蕉が旅した地は、今、深々と降り積もる雪に埋もれています。風流心どころでない、雪の恐ろしさを感じながらの「奥の細道」でした。
                               
                                                   

  

2012年1月18日 09:37